大会会長挨拶

人は自分の求めるものを現実の中で手に入れ、自らを充足させて生きている。我々が生きる現実はいつも我々が望むように動いてくれるわけでなく、むしろ望むように動かないことのほうがほとんどであり、求めるものを手に入れることを困難にさせる。困難を越えて、求めるものを手に入れることを可能にするのが「意志」である。力動心理学における意志は、欲求充足の目標を定め、その達成に向けて自らのエネルギーを束ね、ベクトルを持たせ、維持し、自己内の様々な資源を使って行動することへ自らを導く自我機能を指す。この意志が第27回年次大会のテーマである。

普段、意志をどれだけ動かしているだろうか?自分の意志をどれだけ意識しているだろうか?ルーティンでやっている時、やらなきゃいけないでやっている時、いやいややらされている時、意志で動いていない瞬間は案外多く見られる。意志は自我機能であるから、瞬間瞬間動いたり止まったりするものであり、動かすことができるものであり、そこには力学が関わっている。

意志は表面を見ていては捉えられない。一見、積極的に行動しているように見えても、その行動が欲求に基づいた行動ではない時、意志で動いてはいないということは多くある。一方で、やらなければいけないと言ってやっていても、そこに自分の欲求―充足を噛み合わせており、意志で動いていることも多くある。意志は容易に隠される。主君浅野内匠頭の仇討ちを行う意志を持った大石内蔵助は、その意志を隠すために放蕩を繰り返したと言われている。敵も味方も欺きながら、それでも残った仲間を信に足る真の同志として事を決行した。力学を見ることで、意志を捉えることが可能になる。

ひきこもり、自己破壊、行動化、慢性的な適応問題、繰り返しの逃避などを表す患者群、壁を超えられないプロや燃え尽きた経営者たち、彼らに意志を隠していたり、意志で動いていないことが多く見られる。なかなか変化しない彼らも意志を持ち、意志を動かし始めると、改善に向かって動き出す。意志とは何か、意志の成立に必要な条件は何か、どんな介入が有効か、ここまでわかっていることを大会会長講演で提示したい。また、力動的心理療法・力動的集団精神療法が意志を育て動かすことにどのように有効か、ゲストファカルティによる講演を依頼している。

力動的心理療法の場において、意志は事例性の問題と関わる。クライアントが自分の問題に自ら取り組むという事例性にはクライアントの意志が欠かせず、このクライアントと心理療法家として何をするのかというセラピストの事例性にセラピストの意志が欠かせない。近年、来談するが事例性が成立しない患者が少なくない。助けを求められない、何を助けてほしいのかはっきりしない、助けを求めているが助けを拒否するといった人々である。そういった人々に対して、事例性の成立に向けて、彼らの自我が意志を働かせるように時間発展を助ける必要がある。この事例性と意志の関わりを扱う大会ワークショップを開催する。

意志は、なぜ今の自分がこうなのかという静力学から、ここからどう動かしていくかという動力学への転換を図る起点となる。大会期間中の講演、ワークショップ、研究発表、スーパヴィジョンを通して、我々自身がセラピストとして「どううまくいかないか」から「どう前に進めるか」へと転じていける、そんな大会にしていきたい。皆さんご参集ください。

大会会長 花井 俊紀

PAS心理教育研究所 ファカルティ
吉祥寺心理教育研究所 代表
大妻女子大学 非常勤講師

大会会長プロフィール

心理療法家(資格:臨床心理士)・修士(教育学)

【専門】精神分析的システムズ心理療法。ひきこもり、長期にわたるうつ・適応障害、自己破壊などを特に専門に臨床活動をしている。研究テーマは、心理面接技法と訓練、プレセラピィ、ひきこもりの心理療法。

【略歴】愛知県名古屋市出身。国際基督教大学大学院博士後期課程満期退学。精神科クリニック、専門学校学生相談室などで勤務。PAS心理教育研究所プロフェッショナルスクール心理療法家課程本科・専攻科修了。2020年より大妻女子大学非常勤講師。2021年よりPAS心理教育研究所ファカルティ。2022年吉祥寺心理教育研究所開業。

【主著】

  1. (共著)小谷英文・橋本麻耶・花井俊紀・西浦和樹(2015)ストーリー・メイキング・グループの力動的治療機序−東日本大震災臨床事例から− 集団精神療法31(1). 48-57.(J-GLOBAL文献情報
  2. (共著)Kotani, H., Nakamura, Y, Hashimoto, M., & Hanai, T. (2016). Ch. 37. POST-TRAUMATIC STRESS DISORDER IN CHILDREN AND ADOLESCENTS IN THE AFTERMATH OF DISASTER. Haen, C. & Aronson, S. (ed). HANDBOOK OF CHILD AND ADOLESCENT GROUP THERAPY. Routledge., N.Y. pp.415-428.(出版社ページ)
  3. (単著)花井 俊紀(2021). Edward L. Pinney記念ワークショップ「青年期発達課題を有するクライアントへの3つのアプローチ」 国際力動的心理療法学会第25回年次大会論文集 25-37.(書誌情報